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書かないことと書いているもの

そのうち書こうと思って書いてなかったこと。


子供を育てて1年あまり経ちまして、結局その間子供がどうしたこうしたっていうことはほとんど書かないできたわけです。
いくつか理由はあるのですが、

・自分が期待するほど周囲は自分の子供に興味はないと思うから
・自分にとって新しく楽しい経験でも子育ての先輩からするとただの「あるある」であり、子育てをしたことがないとてんでピンとこないから
・子供が書いて欲しいか書いて欲しくないかがまだわからんし、責任も取れないので


…か、なー…。
世に溢れるコミックエッセイで子育てネタはかなり多いのですが、溢れすぎてて最近では第二子の子育て、とか外国での子育て、とか特筆すべき点がないと世にすら出せない有様になっております。
読みやすいコミックエッセイですらそうなんだから、こんな文字ばっかりのサイトで書いたってつまんないでしょう。

あとは2番目の理由が結構自分の中で「ああ、そうなのか」と思ったことでありまして。
うおー、こうなんだ!と思って先輩に言ってみるとどんなことでも「ああ、よくあるよねー」と返ってくる。
これが多分私の中ではショックでして、いや、そりゃそうなんだろうけどさ。
そしたらそれをドヤ顔で書いたって仕方ないよなあ。この体験は家族だけでねちねち楽しもう(暗い)。

ついでに私が息子のことを「うちの王子…(はぁと)」とか全然思っていないのも書きづらい一因であります。
可愛い可愛くないとは別問題として、そんな浮かれてらんねえよ。
彼は子供である以前に人間であり、はっと油断すると易きに流れ常に悪知恵を働かせているので、「うちの子こんな悪いことしてます」しか書きようがないし、書いたところで前述の通りあるあるなのでしょう。
つまらん。


そんなわけでどこを切り取ってもつまらんのでここには書かないのですが、その代わり書いているものはあります。
私は一年に一通、彼の誕生日に彼宛の手紙を書いています。
今のところ二通ですね。
私は自分の書いたものを読み返すのが好きなので、書いておいたら自分も面白かろうと思ったのですが、書こうと思った理由はもっと切実なところにありました。
「3月のライオン」という漫画がありまして、主人公の父母妹は彼がまだ小学生の時に交通事故で亡くなっています。
彼はその後慣れない家で暮らしたり学校でのいじめにあったりしながら中学生にしてプロ棋士になるわけですが、漫画を読めども読めども彼が母親のことを思い出す記述がないのですね。父と妹はあったのに。
がーん。お母さんっていなくなっちゃったらこんなに思い出してもらえないものなのか!ちっちゃい頃うんと可愛がっただろうに憶えてないのか!
フィクションについてこんなショックを受けるのも変なのですが、受けてしまったものは仕方なく、それでなくとも「親はいつ死ぬかわからんよな」と考えてしまいました。
彼が成人するまで私が元気で生きている保証はどこにもない。
…となったら、彼に私が残せるものは、私にしか残せないものはやっぱり書くことしかないのではないだろうか。
と思った次第です。
願わくば彼が成人した時に「アンタの歴史です」と渡して「えーこんなん書いてたのかよ。多いよ!そしてなげえよ!」と文句の一つも言われたいところですが、もしそれが叶わず、不慮の事故とかがあった場合。
ここを読んでいる私の友人の誰かが、彼に「お母さんが残した手紙があるはずよ」と伝えてくれることを望みます。


あれ、なんか生まれて初めて遺言みたいなことを書きました。おおう。
どうぞ宜しくお願いします。
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かんざき * 日常アレコレ * 22:38 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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