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消えた天才騎手

ふと気が向いて、島田明宏著「消えた天才騎手 〜最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」という本を買いました。
この本の出会いは2011年度JRA賞の授賞式でした。福永祐一騎手が最多勝率騎手として表彰された時で、私は親友兼競馬師匠のありちゃんとともにファン参加の抽選に当たって会場の片隅でちんまりとしていました。
JRA賞馬事文化賞をこの本が受賞していて、私もありちゃんも名馬「クリフジ」の名前は知っていたので「読んでみたいね」と言っていたことを覚えています。
ハードカバーだろうから、文庫になるまで待つかと思って寝かせていたのですが、新書でした(待てど暮らせど文庫にならず、調べてやっと知った間抜けは私です)。
前田長吉は戦争で亡くなった騎手なので、終戦70年後の年に読もうと思ったのも何かのきっかけかなと思いながら読みました。


読み進むにつれて、前田長吉という人は幼い頃から今の騎手とは比べものにならないほど馬と接する機会が多かった…というより幼い頃から馬とともに生活してきて、馬がいない生活を考えたことがなかった人であっただろうこと、全般的に昔の騎手は今の騎手よりずっとずっと馬と接する機会が多かったことなど、興味深いことを色々知ることができました。
前田長吉のことはこのブログを読む方にも本を読んで知っていただきたいのでこれ以上は書きませんが、私がそれ以外で感銘を受けたのは、戦時中に競馬開催がどうなったかということでした。
クリフジのダービー&オークスは昭和18年。戦争真っ只中で、馬券が売られなくなったり競馬場のスタンド鉄骨が軍に持って行かれたりしても、競馬は「軍馬増強のため」という大義名分を得て続けられました。最後はお客さんを入れず、「能力検定」という名前になったとしても、それでも続けられていきました。
私はあまり詳しく知らない上に…こんなこと言っていいのかはわかりませんが、なぜか安心したのです。
競馬は無くならない。馬が走る、ただそれだけのことだけれども、それだけのことを人が捨てられないほど魅力的だから、好きでいる限り絶対に無くならないと思ったから。というより嫌いにはなれないものだから。
だから世界がどうなってもどこかで競馬は続く。そう思ったらなんだか胸がいっぱいになりました。


あと一つ。この本は基本的に淡々と書かれていてあまり情感を煽ったりはしないので、勝手に隙間を想像して泣いていた便利な読者が私なのですが、一文だけ情感にどうしても引っかかったところがありました。

「あれほどの名馬(注:クリフジのこと)とともに大舞台に立つことは、騎手としてこの上ない幸せであり、名誉であることは疑いようもないが、もう一度人生をリセットしてやり直せるとしたら、彼はクリフジに乗って出征する道と、クリフジに乗れないが出征せずに済む道のどちらを選ぶだろうか。」

この仮定は無意味だ。と私は思いました。
そんなのはクリフジに乗って出征せずに済む道に決まっているからです。どうしてその二択でなければならないのか。
戦争は不可避ではありません。人間がしようと思うから始まることです。天災ではない。
田中芳樹の「銀河英雄伝説」に、私の中にすとんと落ちた一文があります。引用ばかりで申し訳ないですが。

「いい人間、りっぱな人間が無意味に殺されていく。それが戦争であり、テロリズムであるんだ。戦争やテロの罪悪は結局そこに尽きるんだよ」

死んでしまったらそこで終わりです。クリフジ以上の名馬に会える可能性も、それどころか馬に乗れる可能性もゼロです。死ぬということはその先の可能性がゼロになることです。
ただでさえ事故や天災で志半ばで倒れる人がいるのに、戦争で無理矢理その可能性を絶たれることだけは避けなくてはいけません。

では自分に何ができるのか。
ということを考えた時「忘れないでいるしかないな」と思いました。
こういう騎手がいたこと。戦時中でも競馬は続いたから今があること。その他私が祖父母等戦争を体験した方から教わったこと。それを忘れずに、その上でこれを繰り返さないようにするにはどうしたらいいのかを考え、ただ「戦争はダメだよ」ではなく「どうして戦争がダメなのか」という自分なりの理由を見つけ(多分これが見つからないと「あなたのためなんだから勉強しなさい」というのと同じくらい薄っぺらい言葉になってしまうと思うので)、そして次の世代につないでいくこと。
それが私にできることであり、しなければならないことです。

思いもかけず、「戦争とはなにか」まで考えるきっかけになりました。
単純に名騎手の話として読んでも興味深い本ですが、行間から色々考えられる良著だと思います。
少しでも多くの方に読んでいただけると嬉しいなあと思います。
さすがJRA賞馬事文化賞…と思うとともにこれや「優駿」が馬事文化賞なんだから、「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」はそりゃダメだよなあと余計なことを思ったりしました。後半のグダグダ具合がもうねえ。
ま、それはともかく割と真面目な話なのでした。皆様ご一読ください。
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